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初めての積聚治療・・・

積聚(しゃくじゅ)治療という実技の授業があります。

積聚とは、古代中国医学書の「難経55難」に書かれており腹部の異常のことをいいます。積聚治療は痛みのある部位に鍼をしない不思議なスタイルです。

例えば「腰痛」などの「痛み」を訴えていたとしても、殆どの場合は腹部にも異常があり、その異常は全て体の「冷え=生命力の低下」と考えている流派です。

この体の「冷え」が、症状の根本的な原因としており、「冷え」を解消すれば「腰痛」以外にも抱えている体の違和感さえ解消するという全身治療なのですよ。

「積聚」という言葉は入学後に知りましたが、初めてこの文字を見たとき、なんとなく惹かれる気持ちがあったのです。なので昨年は授業以外に月3回の特別授業に参加をしました。開催予定がなかったのに直談判をして開催してもらったのです。いま、よくよく考えてみましたら、随分と大胆な行動ですよねぇ。たまーに、このような行動をとることが私にはあります(笑)。

先日、腰が痛いという母親にこの治療をしてみましたが、これまた大変効果がありまして我ながらにして大変驚いております。

立つことができなかった腰の痛みが軽減し、自力で立てるようになっていました。その他、中指の痺れまでも解消していたことに母親はびっくりしていました。びっくりした理由は、中指に鍼をあてていないからなのです。

母親は鍼治療が好きではありません。「痛い」「怖い」という気持ちが強く、ずっと治療を拒んでいました。しかも、娘の鍼を信用するような素直な親ではありません!今回はよっぽど辛かったのでしょうね。流石に効果があり信じたようです(笑)

夜の特別授業に出席した甲斐がありました。というより大胆な行動をとって得たモノは大きいですね。なんとなく惹かれる気持ちを大切にしてよかったです。

 

鍼に対してのイメージが「痛い」「怖い」などを持っている方に、積聚治療はおすすめですよ😋

 

自分を応援できる強さを得よう!

解剖学の学期末テストがありました。

解剖学を教えてくださるS先生の授業は本当に面白く、授業に出席したいと思わせる先生です。なのですが、、、先生の話を聞いても授業の内容が頭でイメージができないので、とっても苦手な学科なのです。

今回のテストは範囲が広いこともあり、動脈やら静脈やら心臓血管の名称を覚えることが多く、あ゛~これはこれは、落とす可能性が高いなぁ~と思わせる学科の1つでした。そして、半ば諦める気持ちで当日を迎えたのですが、テストが始まる直前に発した先生の一言で変化が起こりました。

「1問2点の50問!30問だけでいいのだよ!こんな簡単なことはないよ!」と。「確かにぃ!!!」と思えた瞬間、下っ腹(丹田)辺りから、グググッ~と「エネルギー」が湧いてきたのを覚えています。「もしかしたら?」と思えるといいますか。。。

単純すぎるほど単純な性格だなぁ~と我ながら驚きますが、結構この単純さが馬鹿にできないモノだと思いました(笑)

今回のテストで、自分の「思い」が先であって「結果」は後から付いてくることを教えてもらいました。グググ~っと湧いてきた「エネルギー」自体、自分の「思い」なのです。今回はS先生の言葉に助けられましたが、弱気な自分がいるときこそ、自分で自分を鼓舞して、内からエネルギーを湧かせる強さを得たいと思いました。

 

人生の中で、自分にとってよくないこと(バイオリズムの低迷期など)が続いた時は、誰もが弱気になることってあると思います。そのような時に、自分で自分を持ち上げられ、それを乗り越えられることによって自信となり、自己成長へとつながるのだと思います。

成長を拒めば、苦しみが増すように思いますから、変化と成長を選んだ人の方が、より楽しいと思える人生を過ごせるのでしょう。

どんな状況であっても、自分を応援できる強さがあるって大切ですね。

 

経絡治療の実技テスト

鍼灸学生

経絡治療という流派の授業があり、今回は50分で主訴伺いから治療までを行うテストを行いました。今回60代後半の男性Oさんとペアになり、鍼を打たせていただきました。

経絡治療は、主に相手の「脈」などをみて「証」をたてていきます。「証」とは、西洋医学でいうところの「診断」のようなモノです。手首にある「脈」の状態によって身体の状態を知ることができるのですよ。ほんとに東洋医学って凄いですよねぇ。

※実際は「脈」だけでなく「お腹」などもみていきます。

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「肝虚証」「腎虚証」「肺虚証」「脾虚証」

学校で習った四種類の「証」から、今回のOさんは「腎虚証」としました。「証」によって決められたツボに鍼を打ち暫くそのままにしておきます。その他、便秘とか、脚がつったとか、お腹が何となく調子が悪い、、、等々の訴えもあったので、効果がありそうなツボを考えて打っていきました。(実際は考えても選択するツボはよくわかりませんから、先生から聞いた内容から効果のありそうなツボを打っているだけです。。。)

私の場合、全て1~2mmほどしか鍼を刺しませんが、あるツボに鍼を入れると足先までツーンと「響き」の体感があったとのこと。

「こんなの初めて!!」と、声を裏返しながら嬉しそうに言います・・・(笑)

 「響き」というのは、皮膚の下を通っている「経絡=気脈」に「気=エネルギー」が流れたことを意味しています。※因みに「気=エネルギー」の流れが良い方が元気です。

学校の授業で積極的に打たれ役となっているOさんですので「響き」が「回復」に繋がることを体感しているのだと思います。

この信じる「気」持ちが、より治療効果をUPさせているのですね。

さて、翌日のOさんですが・・・「今朝は調子がいい!」って声をかけてきてくださいました。鍼を打っている最中、頬が紅潮していて「鍼のやりすぎ」を心配しましたが、悪化していなくてよかった。

しかし、ツボの選択は難しいモノ。鍼灸は覚えることが膨大です。

まだまだ苦しい暗記生活がつづきます、、、ふぅ~😵💨

 

相手を思う気持ちがあるって嬉しいこと

学校では基礎実技の授業があります。

相手の「足三里」というツボに鍼先を当て、小さく回しながら1cmほど脚に入れていく練習を1年生から行います。

足三里」はお腹の調子が悪いときには、とっても良いツボと言われています。

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授業では銀製の鍼を使用しますが、ステンレス製と比較しますと体へ入りにくく痛みも出やすいのです。練習を重ねていきますと上手になって「痛み」を与えず、鍼を入れられるのですよ。※銀製の鍼は、ステンレスより効果があるとも言われています。

実は私の「足三里(左脚)」には違和感があります。昨年は1年生だったので、ペアの方に結構深く入れられたことが数回あり「痛み」を感じやすい体になってしまいました。そして「痛み」が継続していることを伝えても、殆ど理解して貰えず悲しい気持ちになったこともありました。ですが「痛み」の感覚は、人により異なりますし、共有できるモノではないので、今では仕方のないこととして受け止められるようになっています。※因みに深く刺す鍼が決して悪いのではありません。深く刺すことで治療効果が得られることも多数あります。

このことを切っ掛けに、相手の「痛み」に対しても、敏感に感じられるようになり、良いモノを得たなぁ~と思っています。「痛み」は誰もが辛いモノでしかないですからね。理解できた方がよいのです。

ですがぁ、それとは裏腹に実際の実技の方はといいますと、、、はっきり言って「おちこぼれ」生徒となりまして、脚に鍼を入れられなくなってしまい、週1回の特別レッスンが始まったのです。(途中、余りの落ちこぼれ度に先生も見るに見兼ねて週2回の特訓に変更されました・・・しかもほぼ強制的に・・・苦笑)

鍼を脚にあてた瞬間から、ほんの少しでも「痛み」があれば「最初からやってください!」と言われ、授業では教えていただけない「丁寧さ」を、厳しく教えてくださいました。本当にありがたいことですね。

そんなこんなで、先生が諦めずに接してくださったお陰で、無事「痛み」なく鍼を入れられるようになったのですよ。その間、約1年です・・・

先日、この基礎実技のテストがありましたが、自分の順番になって先生の「足三里」をみますと、アザやら鍼跡がたくさん残っていて、脚がかなり傷ついていました。おそらく50人ほどは刺されているのではないかと思います。

先生の「足三里」をみた瞬間、テストをパスする気持ちが一気に失せました。はっきり言って刺したくない意思が強く働いてしまったのです。

だってそうでしょう?

特訓で「丁寧さ」を教えてくださった先生の脚が傷ついているのに、更に鍼を刺して体を傷つけるなんて私にはできません。テストを行う部位の変更をリクエストして、先生の脚には刺せないと伝えてしまいました。なんと偉そうな生徒なのでしょう!「おちこぼれ」のクセして、いい度胸しています(笑)

でも、いいのです!テストは学生時の評価基準であり、卒業後は不要なモノなのですから。

「丁寧さ=相手を思う気持ち」を教えてくださった先生の後ろを歩いている自分がいました。大切なモノを得て大変うれしく思います。

もしかしたら?「おちこぼれ」たことによって、得られたモノかもしれません。そう考えると「おちこぼれ」って悪くありませんね。

学校側としては厄介な生徒ですけど、来期も「おちこぼれ」生徒でいかせていただきまーす!😊

起こっていることって、自分に必要なことだけなのかも、、、

学科テスト時のできごとですが、、、

テストが始まる前から、異常な「圧」を感じました。テストが始まりますと、その「圧」は更に強くなり、苦しく感じるほどでした。

この「圧」は「緊張」のエネルギーです。

また、いつもより回答用紙に書くシャーペンの音が耳に入ってきましたので、腕にも力が入っていることを伺えました。そのくらい「緊張」の度合いが強かったのでしょう。

以前の私はこの様なエネルギーの影響を受けますと、本来の力を発揮できないことが多かったのですが、呼吸法を始めてからは精神的にも強くなり、随分と「動じない」自分と出会えるようになりました。

元々、他人と「共鳴」しやすい体質であるために、とっても「弱い」人間だったのですよ(笑)

もしかすると、これって相手を理解するために、あえて「弱さ」を与えられ、自分に足りない部分を養うためのモノだったのでしょうかね。

そう考えると、全ては自分に必要なことのみが起こっているのであって、「辛く」「苦しい」と感じていることは「幸せ」になるための通過点ともとれます。

「辛く」「苦しい」時こそ、角度を変えて自分を観てみると、突破口が早くに見つかるかもしれませんね。

私の場合、目にみえないモノに対して、抵抗していた期間が長すぎました。ただ抵抗していただけでは何も改善しないのに、、、要は自分に問題があったのです。

時間の無駄遣いをしてました。勿体なかったなぁ~(>_<) 

呼吸でリラックスする?

テスト期間に入り、先日「灸」の実技テストがありました。小さく捻った艾を背中の上に置いてすえていきます。時間内に条件をクリアしないと再試験となるのです。

クラスメイトYさんとペアになり、先に患者役となった私は、うつ伏せ状態で待機すること数分、、、心臓がバクバクして、ソワソワする感じがしてきました。

あ~~Yさん!相当緊張しているなぁ~。

試験管にじーっとみられてのテストですので、それはそれは緊張するのです。また、合格、不合格の結果は、教室に掲示され全員に知られてしまいますし、しかも再試となった場合、数千円の再試料金を支払うので本当に踏んだり蹴ったりなのです。

Yさんは、職場が整体院なのでテストに落ちると先輩方にかなりいじられるようです。真面目な性格でお若いこともあり、相当なプレッシャーを感じていると思います。

なんとかYさんにリラックスしてもらいたいな~と思って呼吸法を始めてみました。

緊張しているエネルギーは上へと上がっていますので、下へ下へと落とす呼吸になります。テスト前の練習時間から終了まで、ずっとYさんを誘導してエネルギーを落とす呼吸をしてみました。

元々、実技が上手な方ですので、結果はもちろん合格なのですが、それよりも何よりもYさんが言った一言が「今までで一番!緊張しなかった!」と。。。

Yさんがテストに慣れてきたのでしょうか。それとも、誘導呼吸が成功したのでしょうか。どっちなんでしょうね(笑)

私の手ごたえとしては、短い時間で相手のエネルギーを落とすことは、かなり難しいと感じました。

もっと早く相手がリラックスできたらよいですよね。

今後のよい目標ができました!

Yさん、あんがとう😊

 

 

 

未病のうちに治しちゃえ~

東洋医学

職場のJさんから、お父さまが腰痛で歩行困難になっていると相談を受けました。「鍼」で何とかならないのでしょうか?ということでした。

鍼灸」は最後の砦的なところなのだと実感しました。病院へ行ってもダメで困ってくる場所。よく臨床の先生が話されていることです。

殆どの方は、体調が悪くなって病院へ行くと思います。保険制度がしっかりしている日本人は「風邪をひいた~」「腰が痛む~」だけで、1回、数千円の「鍼」治療をする方は少ないのではないかと思います(良さを知っている方は除きます)

実は私も同じだったのですが、数年前に腰や背中が常に痛い毎日だったとき、何をやっても痛みが消えず、同僚から勧められた「鍼」を体験しましたら、なんと!スッキリ爽快だったのです。今ではよくわかることですが「鍼」によって体の中にある滞っていた「エネルギー」が、動いて消えたことがスッキリした理由だったのです。

東洋の世界では、私が書いている「エネルギー」のことを「気」という言葉で表しています。この「エネルギー=気」を動かすことが、身体の改善につながるのですよ。

え゛~~!うっそ~っ!て思うかもしれませんが、本当なのです。

ちょっとした「不調=未病」を、直ぐに改善できることが一番よいのですが、放っておきますと「大病」に繋がることがあります。

「首・肩が重い~」「何となくだるい~」「やる気がおこらない~」など、病院では数値化されない「未病」、少しだけ滞っている「気=エネルギー」を流してしまえばよいわけです。

東洋医学は「鍼」「灸」のみに限りません。

私はたまたま「鍼」「灸」の道に進みましたが、自分と相性のあう東洋医学をみつけて、その都度、西洋医学(病院)と東洋医学を選択して利用されると、元気で健やかな毎日を送れるのではないかと思っております。

さて、職場のJさんですが、、、この方は東洋の世界に興味のなかった方と思われます。ですが、他の方との会話に耳を澄ましておりますと「気」云々~かんぬん~話していらっしゃいました。

仕事に子育てに介護にと、とってもハードな毎日を過ごされています。少し東洋の世界に興味をもっていただいて、大変うれしく思います。

 「鍼」「灸」のイメージがもっとよくなって、気軽に足を運べるような場所になるとよいなぁ~と思っております。

 

カンを信じたあとって・・・どうなる?

自分の「カン」を心から信じられるようになりますと、どうなると思いますか?

「何とな~く気になって、面白そうだなぁ」と思うわけですから、自然と動きたくなるのではないかと。。。

ですが、ここで「決意」する気持ちが弱い場合は、動くことに抵抗が生じてますから「決意」「決心」はとっても重要なのだと思います。

以前の私はあれこれ必要以上に考えてしまう人間でしたが(正確には今も考える癖は残っています。)「カン」を頼りに「決意」ができるようになりますと「行動」までに、ずいぶんと時間がかからなくなりました(むしろ早すぎかも・・・)

でもですねぇ、、、実際に「行動」しましたら、失敗に終わり、今回はとっても恥ずかしい体験をしたのですよ。ですが、それはそれでよいのです。

なぜなら、後で振り返ったときに「あの時、あ~しておけばよかった」「こ~しておけばよかったぁ」と後悔をしないからです。

「あの時、すごく恥ずかしい思いをした」「失敗して悔しかった」などを体験しても、その後に新しいことが始まったり、周りが哀れんで助けてくれたり、、、そんなことを体験することだってあると思います。

その新しいことが、最初に考えていた場所と違うところに行きついてしまったとしても、もしかしたら、そこが本来の自分の場所なのかもしれないのです。

 

人間は考えることを止められない生き物だと思っています。

ですから「行動」せずに止まっていても考えるし、「行動」しながらも次のことを考えるのですから、どうせ考えるなら前に進みながらの方が、より充実した毎日を過ごせると思うのです。

周りが勝手に変化することは稀なこと。自分が変わることで周りも必ず変化するのと同じように、自分が動くことで周りも動く!というのが、自然の法則なのではないでしょうか。

人生は楽しく!面白く!

勇気をだして「行動」することが、今よりもっともっと楽しくなる秘訣なんだと思います。

 

自分のカンを信じようぜぃ⤴

風邪が長引いて、久しぶりに「ボぉ~っ」としていましたら、このごろ、「カン」に従って行動しているなぁ~と、ふと思いましたので、今日はこの「カン」について書いてみようと思いました。

自分の「カン」に従うとはどういうことかと言いますと

  • 「なんとなく良さそう」
  • 「なんとなく面白そう」
  • 「なんとなく気になる」

と感じたモノを素直に選択しているということです。選択をした後に行動することが、スムーズに事が進んでいくと実感しています。

捉え方じゃないの?と思われるかもしれませんが本当なのですよ。

例えば、どちらかを選択するような場面で「楽しそうなのはこっち:Ⓐ」だけど「こっちは失敗しそう」と思って「あっち:Ⓑ」を選択したら失敗したことってありませんか?

自分の「カン」を信じて「なんとなく良さそう~」「面白そう~」と思った自分の気持ちを大切にして選択する方が、チャンスが巡ってくると思えてなりません。

これって「気」の迷いがないからなんでしょうね。迷いがあるときは、体内のエネルギーも滞っていると思いますから、流してしまえば迷いもなくなるかもしれません。

そして「なんとなく良さそう~」と思えるモノは、見えないモノであり、ある意味エネルギーと言えます。本当は誰もが持って生まれてきたモノだと思いますが、大人になって使わなくなってしまい封印しているだけなのではないでしょうか。

もっと、見えないモノを見えるようにしていきたいところです。

自分の「カン」を信じて、楽しい毎日を過ごしたいですよね。

 

求めていれば願いは叶うモノ?

コミュニケーションの大切さを教えていただく機会が数回続いています。相手にどれだけ寄り添うことができるかで治療効果が「ぐっぐっぐっー」っと上がるという話です。

このような話を切っ掛けに自分を顧みますと、お正月の家族との会話を思い出しました。家族との会話でイライラしてしまう自分がいて、自分の聞き方・話し方を改める必要があると気づかされました。まぁ~自分のクセはなかなか直りませんので「またやってしまった!」と繰り返していますが・・・(苦笑)

そして、自分の問題に気づき、改めようと思っておりますと、逢う人から自然と答えを教えていただく環境に遭遇します。もちろん、前もって逢う約束をしている方ですが、コミュニケーションについて事前に相談している訳ではありません。ですが、今、自分に必要なことを教えていただけるのですよ。

自分が求めていれば、願いは必ず叶うモノなのでしょうかね。

このごろ、よく思うことがあります。自分の人生を振り返ってみると「いつも人から助けられてきたなぁ~」と。過去の苦しい時は、大体と言ってよいほど、必ず誰かに助けてもらっており、私の人生は「そんなモノ」なのかもしれないと思うようになりました。

元々、先のことを考えすぎる傾向がありましたが、これからも自分の人生が「そんなモノ」かもしれないと思えますと、必要以上に不安を感じる必要はないのだと、一歩踏み出すことが以前よりも早まったように感じます。

「気づき」→「変化を求め」→「決意」することが、自分や自分の周りの現象を変える最低条件のように思います。この条件はエネルギーの一種ですから、求める「内容=質」により、自分が放つエネルギーも変化していきます。自分がどのような質の人間になりたいかは自分で選ぶことができ、自由なのです。

何歳になっても「良い変化」を味わいますと、誰もが「喜び」ます。

「喜び」のエネルギーは幸せをもたらすモノ。そう考えると、、、やっぱり「変化」する人生ってやめられないですね!